整わないままの、今日
まだ整っていないまま、
今日を過ごすこともあります。
何かがはっきりしないままの自分は、
少し居心地が悪いものです。
早く整えたくなる。
はっきりさせたくなる。
そんな気持ちも、自然なものかもしれません。でも、整っていないからこそ見えるものもある
整っていない時間には、
まだ言葉にならない気配が残っています。
うまく説明できない違和感や、
小さな引っかかり。
それは、
まだ触れていない何かの入口なのかもしれません。
私の体験の一つですが。
自分自身のことが
うまく伝えられなかった日がありました。
それでも、コーチングセッションやレッスン、
家のことをこなしながら、一日を終えました。
整わないままの一日でした。
でも、
何かが失われたわけではありませんでした。
問いがある自分を、否定しなくなる
「このままでいいのかな」
ふと、そんな小さなつぶやきが浮かぶことがあります。
「私は本当はどうしたいんだろう」
はっきりした答えがあるわけでもない。
でも、どこかで気になっている。
それは、未熟さの証明ではなく、迷いの証明でもなく、
いまの自分に差し出されている
「そのままでいる」という選択
整わないまま、今日を過ごしてみる。
それは、何もしないことではなく、
自分を急がせないという選択。
整っていないままの自分を、
今日はどこまで許せるだろう。
まだ整わないままでも、今日を過ごしていい。
それができたなら、それで十分です。