「自己啓発が苦手です。」
そう感じる自分を、どこかで正当化できずにいる人へ。
この文章は、
その違和感を「直す」ためではなく、
大切な感覚として、そのまま置いてみるために書いています。
このことを改めて考えて書くきっかけとなったのは、
娘の彼氏が私のことをネット上で調べたとき、
①「自己啓発が嫌い」な人の「正しさ」から
自己啓発が嫌い、という言葉の奥には、
たいてい、とてもまっとうな感覚があります。
・操られたくない
・誰かの正解に当てはめられたくない
・自分のペースで考えたい
それは、成長を拒んでいるのではなく、
自分の人生を雑に扱われたくないという気持ちの表れだと、私は思っています。
「前向きになれ」「変われ」と言われるほど、
なぜか心が遠ざかってしまうのは、
あなたが冷めているからではありません。
ちゃんと、自分の感覚を守ろうとしているだけです。

私自身、
何気なく話した悩みから
「変わらないとダメだ」と決めつけられ、
心の弱い部分に入り込まれた経験があります。
そのとき感じたのは、
②「変わる」ではなく「奪われない」という感覚
多くの人が自己啓発に違和感を覚える理由は、
内容そのものよりも、
そこにいると、自分が少しずつ奪われていく感じがするからかもしれません。
今の自分は足りない。
もっと頑張らないといけない。
その前提が、無言のまま置かれているとき、
人はどこかで身構えます。
だから、私は「変わる」ことよりも先に、
自分を手放さずにいられることのほうが大切だと思っています。
安心して考えられる場所があってこそ、
人は、必要な一歩を自分で選べるからです。
では、なぜ人は、それを「怪しい」と感じるのでしょうか。
③「怪しさ」の正体を、感情ではなく構造で見る
自己啓発や対話の場が「怪しい」と感じられるとき、
そこには共通する構造があります。
それは、言葉や答えが先に用意されている世界です。
こう考えなさい。
こうなりなさい。
このフレーズを使いなさい。
そこに人が後から当てはめられるとき、
どんなに良さそうな言葉でも、
人は自分の輪郭が曖昧になる感覚を覚えます。
その違和感は、すごく健全だと思うんです。
距離を取ろうとする感覚は、
あなたの感受性が、ちゃんと働いている証拠だと私は思います。
④ 私が大切にしている立ち位置
私が向き合っているのは、
人を前向きに変えることではありません。
その人の中にある言葉が、
急かされずに立ち上がってくるまで、場を整えることです。
答えを渡す代わりに、問いを置く。
方向を示す代わりに、立ち止まって考えられる余白をつくる。
自分に還る時間があれば、
人は、ちゃんと自分で選び始めます。
私は、その瞬間が生まれる場所をとても大切にしています。
信頼できる方と話したとき
もし「自己啓発」という言葉がなかったら。
未来デザインコーチング チェーロリッコ
先生・講師のための、信頼を育むリーダーシップ
メールアドレス : info@cieloricco.com
電話番号:0745-43-6158
個人セッション可能時間:9:00〜15:00 (月〜土)その他、応相談
定休日 : 日祝
所在地 : 奈良県大和高田市日之出西本町4-1末広堂ビル3F サロン情報はこちら